三岐鉄道三岐線はJR富田駅から西藤原駅間の26.5㎞の路線です。

それと、近鉄富田駅~三岐朝明信号場間の1.1㎞の旅客列車用の支線があります。

(旅客線で見ると、近鉄富田駅~西藤原駅間26.6㎞)

この路線は北勢線より新しく、

昭和6年(1931年)7月に富田駅~東藤原駅間、

その5ヶ月後に東藤原駅~西藤原駅間が開通しました。

(当初の計画では三重県と岐阜県(関ヶ原)を結ぶ計画だったので、

双方の頭文字を取って

「三岐」鉄道としました。)

当初からセメント(石灰)輸送中心の路線で、

昭和8年(1933年)から貨物輸送を行っています。

昭和29年(1954年)に電化され、徐々に貨物列車の電気機関車化や、

旅客列車の電車化を行っていきました。

昭和45年(1970年)には旅客利用者の利便性を図るため、

近鉄富田駅と三岐朝明信号場間の新線を開通しました。

そこから旅客列車は国鉄富田駅(現・JR富田駅)と近鉄富田駅の双方から発車となったのですが、

昭和60年(1985年)に国鉄富田駅発着の旅客列車は無くなりました。

近鉄富田駅乗り入れ前は旅客輸送が少なく、

貨物主体の路線だったのですが、

近鉄富田駅乗り入れに伴い、利便性が上がったため、

沿線に大中規模のニュータウンが

多く開発され、

多くの学校が誘致されました。

そのため、旅客輸送も増えて現在に至っています。

なお、三岐鉄道は元々小野田セメントの系列会社だったのですが、

秩父セメントと合併し、

秩父小野田セメント(その後、日本セメントも合併し現在は太平洋セメント)になったので、

秩父セメントの系列会社であった秩父鉄道と同じ系列になりました。

01(S01)、近鉄富田(きんてつとみだ)Kintetsu-Tomida

三岐鉄道三岐線の近鉄富田駅は、

近鉄名古屋線の近鉄名古屋駅方面ホームと兼用になっています。

島式ホームに近鉄名古屋駅方面が東側、三岐鉄道三岐線が西側を使っています。

そして、三岐線のりばの西隣は県立四日市高等学校の敷地になっています。

なお、近鉄と三岐線それぞれののりばとの仕切りは特にありません。

駅舎も兼用していて、東口西口の2個所があるのですが、

券売機では近鉄の切符しか購入できず、

三岐線の切符を買う場合は窓口で買わなければなりません。

JRの富田駅は東北東400メートル程にあります。

三岐鉄道の本社屋はJR富田駅東口前にあります。

2026年現在、三岐線では交通系ICカードが使えない(北勢線は使える)ので、

近鉄から三岐線に乗り換える乗客は、

定期券利用を除いて一旦、駅舎を出て切符を買い直す必要があります。

(なお、有人駅は駅で精算も可能。

有人駅に駅員がいない時間帯の一部区間は車掌も乗務するので、

車掌から切符購入も可能。)

一方、IC定期券利用者はICカードを一旦ホーム上にある、

簡易ICカード読み取り機にタッチする必要があります。

逆に三岐線から近鉄に乗り換える場合は、

横の切符回収箱に切符を入れて簡易ICカード読み取り機にタッチします。

ホームにある、謎の像です。

中川為延(1904年~1967年)と言う彫刻家の作品で、

セメント彫刻に尽力した人物のようです。

中川為延は小野田セメント(現・太平洋セメント)主催の

野外彫刻展の委員にもなったことがある縁で、

関連会社の三岐鉄道のためにこの像を作ったようです。

ただ、

如何せんこの方の資料が少なすぎるので、

経緯に関しては全く分かりません。

車止め側です。

近鉄名古屋線とは線路幅が異なるので接続されていません。

近鉄富田駅を出ます。

県道8号線と交差します。

近鉄名古屋線と併走します。

近鉄名古屋線と共に右カーブです。

カーブを曲がりながら近鉄名古屋線と分かれ、

旧東海道の上を交差します。 

一旦、カーブが終わると、JR関西本線の上を交差します。

左カーブに差し掛かると、右手からJR富田駅からの線が近付きます。

近鉄富田駅からの線は下り勾配になり、

JR富田駅からの線と同じ高さになります。

02、三岐朝明信号場(さんぎあさけしんごうじょう)SangiAsake--Signal box

近鉄富田駅の線とJR富田駅の線が合流する地点にある信号場です。

元々三岐線は旅客列車も貨物列車も国鉄(現・JR)富田駅から発着していました。

しかし、ここら辺の地域は国鉄よりも近鉄の利用が多いため、

近鉄に直接乗り換えられるよう、

昭和45年(1970年)に三岐朝明駅から近鉄富田駅への線を新設しました。

その時点では三岐朝明駅は旅客駅だったのですが、

近鉄富田駅に近く、利用客が少なかったため、

平成元年(1989年)に旅客駅が廃止されたことに伴い、

三岐朝明は信号場に格下げされました。

なお、近鉄富田駅への線が開通した後も、

本数は少なかったのですが、国鉄富田駅への旅客列車は運行され続けました。

しかし、旅客輸送は昭和60年(1985年)に休止になりました。

国鉄富田駅~三岐朝明信号場間にあった、

富田駅西口駅のホームは

残っていないのですが、

JR富田駅には三岐線用の旅客ホームが今でも残っています。

(ただし、大分朽ち果てている。)

左手に

ホームの痕跡のようなものがありますが、

ここに三岐朝明駅のホームがありました。

下り勾配をくだります。線路は直線です。

三岐鉄道萱生変電所への送電線を受電します。

住宅が続きます。

国道1号線北勢バイパスの下を交差します。

国道1号線と交差すると少し右に曲がります。

上り勾配になります。

どんどんのぼっていきます。

勾配を上りきると、大矢知駅です。

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