大手民鉄最長・東武伊勢崎線21

38(TI09)、茂林寺前(もりんじまえ)Morinji-mae


相対式2線の駅です。周囲は長閑ですが南西に団地があります。
この駅のすぐ近くに昔話・「分福茶釜」で有名な茂林寺があります。
その他、茂林寺沼や野鳥の森など、
自然の風景を楽しめるスポットが色々あります。


左手は関東学園のグラウンドです。
このグラウンドは昔、分福球場という野球場でした。


茂林寺前駅から館林の住宅地の中を行きます。




この先で国道354号線の下を交差します。


国道354号線と交差すると右カーブです。


左手に側線が始まります。


分福茶釜のたぬきの絵が描かれているガスタンクを見ながら左カーブです。
写真に写っていませんが、
左手には建設機器部品会社の津覇車両工業館林工場があります。
館林工場は東武鉄道の車両の改造を主に行っています。


右手は東武館林無線鉄塔です。


沢山の側線が分岐すると館林駅になります。

39(TI10)、館林(たてばやし)Tatebayashi


伊勢崎線だけでみると、2面3線の駅です。
しかし、多々良駅方向は2面とも切欠ホームになっていて、
実際は2面5線になっています。
駅舎側ホームの切欠ホームには佐野線の電車が、
島式ホームの切欠ホームには、小泉線の電車が使っています。
その他、西口出口の間に側線が6本あります。
また、それ以外に東側出口を出、
ちょっと南下した元・東武館林変電所建物の裏手に、
保線用車両置き場の線が3本あります。
なお、現在の東武館林変電所は多々良駅側に移転しています。
群馬県・栃木県内の東武主要駅は殆ど高架化されている中、
唯一、ここはかつての東武の北部主要駅のイメージを残している地上駅で、
たいへん貴重な存在の駅だと言えます。
永らく出口は東側にしかなかったのですが、
平成21年(2009年)に橋上駅舎化(西口改札設置)した際、
西側にも出口ができました。


館林駅の構造はわかりにくいので、
図に描くとこのようなホームになっています。


なお、昔からの出入口である洋館造りの旧駅舎は今も残されており、
東口の一部になっています。
旧市街地はこちら側の出口で、
およそ2q東には館林城跡と城沼、
城沼のほとりにつつじが岡公園があります。


こちらは新しくできた西口です。
東口の旧駅舎を模したデザインになっています。
駅前広場は整備されていますが、
正田醤油の工場と、
日清製粉ウェルナの工場に挟まれており、
一般的な駅前風景とは異なっています。
なお、日清製粉と正田醤油は同じ正田一族により創業した館林発祥の会社で、
日清製粉ウェルナの工場の駅舎寄りには製粉ミュージアムが、
正田醤油には正田記念館があります。
製粉ミュージアム内には日本庭園があります。


館林駅を出ると歩行者自転車専用踏切があります。


伊勢崎線はシーサスクロッシングで、
西側から3番目(東側から2番目)の線に転線します。


小泉線が東に分かれていきます。
伊勢崎線と佐野線にシーサスクロッシングが入ります。


左手に留置線があります。
ここは南栗橋車両管区春日部支所館林派出所です。
南栗橋車両管区館林支所時代は検車庫などもありましたが、
現在はただの電留線のみの構成になっています。
ただ、周囲に東武の車庫は全くないので、
伊勢崎線の末端部、小泉線、
佐野線の車両を留置する重要な留置線になっています。


留置線が終わる前に佐野線が分かれていきます。


佐野線と分かれると、
線路を右に振ります。
この形状から、昔はこの分岐点まで、
今の佐野線の線路を伊勢崎線の列車が走っていた
(佐野線と共用していた)ことが分かります。

大手民鉄最長・東武伊勢崎線22

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