
首都横断・東京メトロ東西線1
東京メトロ東西線(5号線)は、中野駅から西船橋駅までの30.8qの路線です。
東京メトロの路線の中では一番距離の長い路線ですが、
路線の半分近くは地上区間になっている特異な路線です。
丸ノ内線と日比谷線は18メートル車が走る路線として建設したのですが、
この路線は国鉄中央本線に直通する予定だったので、
国鉄にあわせた20メートル車にしました。
さすがに国鉄に逆らって営団地下鉄の規格を押し付けることができなかったようです。
東西線は、国鉄中央本線方面から都心部を通り、東陽町付近までの路線として、
建設されたのですが、
当時、輸送力が逼迫していた国鉄総武本線のバイパス路線として、
急遽計画が追加修正され、
東陽町駅から西船橋駅までの区間延長が盛り込まれました。
本来、営団地下鉄は東京都23区をエリアにすると、
帝都高速度交通営団法で決められていたのですが、
総武本線の混雑緩和が緊急課題だということで、
例外的に東京都23区から大きく逸脱し、
千葉県まで路線を延ばすことが認められました。
東陽町〜西船橋間は当時半沼沢地区と言われていたところで、
殆ど家はなく、広大な荒地や農地が広がっていました。
そのため、この区間の建設はたいして時間がかからなかったようです。
また、開通後は、この区間の沿線人口が少なく利用客が望めないのと、
総武本線からの利用客を短時間で都心へ行けるようにと、
西船橋〜東陽町間ノンストップの快速電車の運転を開始しました。
それで、当初の目的が果たせ、
総武本線の混雑緩和が図られればめでたしめでたしだったのですが、
開通直後から営団地下鉄東西線の歯車が狂い始めました。
沿線人口の少なかった東陽町〜西船橋間に鉄道が開通したことで、
安い地価が話題を呼び、次々に住宅が増えていったのです。
従来からの総武本線からの直通客に更に東西線の乗客が上乗せされ、
東西線の混雑が次第に激しくなってきました。
そのため、快速の本数を減らして各駅停車を増やしたり、
ワイドドア車を投入し、混雑緩和を図っていきましたが、
焼け石に水の状態になってしまいました。
バイパスとして造られた路線が、
更なるバイパス路線が必要な状態になってしまったのです。
東西線のバイパス路線としてJR京葉線や都営新宿線が全通し、
やっと混雑緩和が図られつつあるのですが、
それでも、沿線人口は増えている状態で、今でも混雑の激しい路線となっています。
東京メトロ東西線は東京の地下鉄では最も利用客が多く、
日本の地下鉄でも、大阪地下鉄御堂筋線の次に利用客の多い路線となっています。
また、快速電車は日本の地下鉄で最高速の時速100kmを出します。
(ただし、地上区間だけですが・・・。)
東西線のラインカラーはライトブルーになっていますが、
これはラインカラー制定時、極力原色にするよう、
営団と都営で協議したのですが、
その時、都営浅草線(当時、都営1号線)の赤を丸ノ内線に譲ってもらったので、
東西線の青を都営三田線(当時、都営6号線)に譲り、青の色を薄くしたからです。
01(T01)、中野(なかの)Nakano

東西線の中野駅は、JR中央快速線ホームと緩行線ホームに挟まれた、
島式2線を主に使います。
JR中央緩行線直通もこの駅折り返しもこの島式2線を使うので、
結構忙しく電車が入ったり出たりします。

駅の管理はJR東日本が行っているので、
駅名板などはJR東日本のデザインで、
中央のライン色が異なるだけのものを使っています。

中野駅を出ると分岐器を通り、
くだり勾配になります。
架線はJR東日本型インテグレート架線です。

すぐに地下区間になります。
02(T02)、落合(おちあい)Ochiai

少し狭い島式2線のホームです。
駅は最近改装されました。
中野駅よりで都営大江戸線と交差しているのですが、
都営大江戸線の方には駅はありません。
位置的にこの駅は、丁度西武新宿線中井駅と、
JR中央緩行線の東中野駅の中間にあります。

落合駅のベンチは円柱の石で背もたれはありません。

落合駅を出ます。
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