
奥座敷の名湯へ・神鉄有馬線8
16(KB15)、有馬口(ありまぐち)Arimaguchi

2面4線の駅です。
基本、北西側の1番線から、三田駅方面、有馬温泉駅方面、
三田駅方面から新開地駅方面、
そして、4番線が有馬温泉駅から新開地駅方面になっています。
また、有馬口駅〜有馬温泉駅間の区間列車は、4番線に停車します。
そのため、有馬温泉駅直通列車以外、
新開地駅方面から有馬温泉駅方面に行く場合は、
有馬温泉駅寄りの構内踏切を渡る必要があります。
周辺の駅に比べて家の数が少なく、
駅の利用客は少なめで、
殆どは列車同士の乗り換え客です。
旧駅名は唐櫃駅で、有馬温泉口駅に改名した後、
昭和29年に今の駅名になっています。

有馬口駅を出ます。
有馬線は右カーブ、三田線は左カーブで分かれます。
双方とも単線です。

木や古レールの架線柱が見られるようになります。

切り通しの中を走ります。

カーブ途中で、狭い踏切を過ぎます。

水無川を渡ります。

阪神高速北神戸線が上を交差します。

谷の中を走ります。


阪神高速北神戸線の有馬口ランプのアプローチ道路が上を交差します。

補修が新しい法面が続きます。

小さい谷を渡り、左カーブです。



県道51号線とその旧道と交差しますが、
この部分の高架は空きスペースに木々が生えています。


珍しく直線になります。

右手に空きスペースがあるのですが、
かつてここに新有馬駅のホームがありました。
昭和50年に休止になり、平成25年に完全に廃止となりました。
人口0地帯にあった駅なため、
晩年は1人も乗降人員がない日が多かったようです。
そのため、最終的なダイヤでは、1日上下1本しか停車しませんでした。
新有馬駅跡を過ぎると、有馬トンネルに入ります。

有馬トンネルを抜けると、終点、有馬温泉駅です。
17(KB16)、有馬温泉(ありまおんせん)Arima-onsen

島式2線の駅です。
かつては両側にもホームがあり、3面2線だった名残があります。
この駅は飛鳥時代からあるという、有馬温泉の最寄り駅です。
駅周辺から南方向に向けて温泉旅館が建ち並んでいます。
神戸からも大阪からも手軽に行ける温泉地なので、
終日、多くの観光客で賑わっています。
また、有馬温泉周辺は炭酸水が湧き、
その炭酸水を小麦粉に溶かして作った炭酸せんべいは有馬温泉の名物です。
駅は有馬温泉を愛して再興した豊臣秀吉の称号にちなんで名付けられた、
太閤橋の前にあります。
またその橋の前の交差点の横には茶人太閤像があります。
太閤橋のたもとには有馬川親水広場があり、
その広場の上流には秀吉の妻であるねねの像とねね橋があります。
六甲有馬ロープウェイは南に1キロメートル強で、
徒歩20分くらいかかります。
有馬温泉に初めて鉄道が開通したのはこの路線では無く、
鉄道省の有馬線(三田駅〜有馬駅間)で、大正4年に開通しました。
鉄道省の有馬線有馬駅は北北東700メートルの位置にありました。
しかし、昭和3年にこの有馬温泉駅が出来ると、
温泉街から離れた位置に有馬駅がある有馬線は不便になり、
第2次世界大戦の戦況で鉄の供給が必要になり、
昭和18年に施設が撤去され、事実上廃止となってしまいました。
しかし、どっちみち神戸電鉄の三田線と路線エリアが被っているので、
ここで廃止にならなくても何れかは廃止になっていたと思います。
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