関東廃線鋼索鉄道・索道案内2

3、伊香保ケーブル鉄道

伊香保ケーブル鉄道は、
伊香保温泉街西の端の伊香保駅からヤセオネ峠の榛名山駅まで結んでいたケーブルカーです。
資料がないのですが、運行していたのは僅か数年程度だったようです。
廃線理由は併走する道路が開通したためです。
距離的には比較的長いケーブルカーで、乗りでがあったと思われます。
伊香保駅跡はバス乗り場やホテルになっていて、全く廃線跡が確認できません。
少し登ったところから廃線跡が始まります。


ケーブルカー路線跡です。場所は伊香保ハイランドへ向かう道路のやや伊香保駅方向です。
この地点はかなり急坂で歩きにくいです。私はすべってこけました。
路線跡両脇には東京電力の配電線やNTTの電信線があります。


伊香保ハイランドへ向かう道路脇にあるガード。下が廃線跡です。
この地点ははっきり廃線跡が確認できます・


今でも枕木が確認できます。


更に榛名山へ向かって線路跡がのびています。


榛名山駅跡手前にて。
榛名山駅は全く痕跡が残ってなく、
この地点付近で線路跡が途切れてしまいます。
榛名山駅と言ってもまだヤセオネ峠のところで、
榛名湖や榛名富士までは更に3KMほど距離があります。
このアクセスの悪さが廃線の理由の一つになったと思われます。



4、東武興業赤城山鋼索鉄道(赤城登山鉄道)

赤城山鋼索鉄道は、
利平茶屋駅から鳥居峠にある赤城山頂駅までを結んでいたケーブルカーです。
昭和32年に開通したのですが、10年程度で廃線になってしまいました。
開通当時に東武が赤城山大開発を行い、
かなりの観光客がこのケーブルカーを利用するようになりました。
しかし、道路の開通とマイカーの普及で利用客が減り、とうとう廃線になってしまいました。
〜〜〜〜〜
昭和30年代に大開発を行った東武も、
赤城山ロープウェイ休止を最後に完全撤退してしまい、
今では赤城山には僅かな観光客と暴走族しか訪れなくなりました。
こんなに寂れてしまったのは高速道路開通により日帰り旅行の範囲が広がり、
赤城山より遠い観光地へ行くようになったのと、
道路・鉄道交通に恵まれなかったためです。


利平茶屋駅ホーム跡です。
利平茶屋森林公園の奥にある休憩用あずま屋裏にあります。
駅舎は撤去されてありません。
利平茶屋といっても現在茶店はなく、野外活動場が広がっているだけです。
線路跡に背の高い木々が生えていて、廃線からもうだいぶ時が経っているのが分かります。


利平茶屋駅からしばらくは暗くてじめじめした所を通ります。
線路横の保線用階段だけでなく、線路の枕木も残っています。


利平茶屋周辺はなんと線路脇にあった通信線用電柱も残っています。
電線はないですが、30年経っても残っているのは驚きです。


こちらは鳥居峠にある赤城山頂駅です。
利平茶屋から車でここまで来るのに1時間もかかります。
ケーブルカーは6分でここに着いていました。
路線の距離は短くても道路で行くと遠いところを結んでいたんだと実感できます。
赤城山頂駅舎は現在バーベキューホールになっています。
バーベキューホールには、赤城鋼索鉄道の資料が展示されていて、
同ケーブルカーの現役時代が分かります。
高度経済成長期、ケーブルカー乗車待ちの長い列を撮った写真もあり、
今の廃れた赤城山からはとても想像できません。


赤城山頂駅ホーム跡です。
かなり崩れていますが、原型を保っています。
ホームにはモノラックと言う乗り物の線路があり、普段はその車両がとまっています。
おそらくこの駅から300メートルほど下にくだった所にある御神水を運搬するために、
モノラックの線路が敷設されているのだと思います。


ホーム端から。線路跡は現在登山道になっていますが、かなりの急坂です。


利平茶屋に向かってのびる線路跡。
モノラックの線路がしばらく併走します。


線路跡はカーブを繰り返しふもとの利平茶屋へ向かっています。


御神水の案内看板。
下には線路と車両らしき絵がありますが、これはモノラックのようです。



おまけ・廃リフト支柱


赤城山の地蔵岳登山道の脇にかつてスキー場で使われていたリフトの支柱が残っています。
スキー場は東武系が経営していましたが、
現在は撤退していてゲレンデは荒地になっています。

関東廃線鋼索鉄道・索道案内3

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